サバと鮭が残った理由──選択肢が減った食卓で、何を基準にしているのか

最近のランキングを見ていて、 少しだけ引っかかったことがありました。

サバと鮭。 この二つだけが、何度も出てくる。

たまたま寒い時期だから、 という理由だけでもなさそうで、 「残り方」が似ている気がしたんです。

あれ、 他にも魚って、もっとあったよな…? そんな感覚でした。

サバと鮭だけが、残っていた

○ 数字より、並び方が気になった

どちらが上位か、 何位に入っているか、 正直そこはあまり見ていませんでした。

それよりも、 「何度も顔を出している」 その感じが気になったんです。

強く主張しているわけでもなく、 派手な売り文句があるわけでもないのに、 静かに残っている。

気づいたら、 またこの二つか、 と思っている自分がいました。

ほっけは、悪くなかったはずなのに

○ 消えた理由を、責められなかった

少し前までは、 ほっけも普通に選択肢にありました。

味が落ちたわけでもなく、 価値がなくなったわけでもない。

それなのに、 いつの間にか見かけなくなった。

「選ばれなかった理由」を考え始めると、 魚の問題というより、 生活の話になってくる気がしました。

焼き時間。 下処理。 失敗したときのリカバリー。

一つひとつは小さいけれど、 平日の夜だと、 この小ささが積み重なりますよね?

選択肢が減った食卓で、何を基準にしているのか

○ 「迷わない」が、いちばん大きかった

サバと鮭を選んでいる理由を、 あとから考えてみたんです。

おいしいから、 健康にいいから、 それももちろんあるけれど。

一番大きいのは、 「考えなくていい」 ここだった気がします。

味の想像ができる。 火を入れすぎても致命傷にならない。 家族の反応も読める。

失敗しにくい、 というより、 気を張らなくていい。

この安心感、 忙しい時ほど効いてきませんか?

残ったものが、正解というわけではない

○ 便利さだけで決めている感覚もあった

だからといって、 サバと鮭が「正解」だとは、 あまり思っていません。

たまたま今の生活に、 はまりやすかっただけ。

余裕がある日なら、 ほっけを選ぶかもしれないし、 全然違う魚になるかもしれない。

選択肢が減ったから残った、 という見方もできるし、 残ったから正しい、 とも言い切れない。

その曖昧さが、 逆に今の自分にはしっくりきました。

それでも、今の自分にはちょうどよかった

○ 生活に合わせて、自然に残っただけ

今のところ、 うちの食卓では、 サバと鮭が残っています。

積極的に選んだというより、 気づいたら、 そこにあった感じです。

選択肢が減ったことを、 少し寂しく感じる日もあるけれど、 楽になった部分も、確かにあります。

もし、 最近の食卓で似た感覚があるなら、 それは「妥協」ではないのかもしれません。

今の生活に、 ちょうど合うものが、 たまたま残っただけ。

そんなふうに考えると、 少し見え方が変わる人もいるかもしれませんね。

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